「ヘッジファンドの懲りない人たち」 バートン・ビッグス著

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本書の著者は、こんな風に考えている。ジョージ・バーナード・ショウは「人の賢さは経験により決まるのではない。経験から学ぶ能力によって決まるのだ。」と言った。投資家だろうがヘッジファンド屋であろうが、うまくいく絶対唯一の方法なんかはないと。そして、30年に渡り、モルガン・スタンレーを率いてきた著者の周辺で出会った、優秀で風変りな人々の話を書いているが、それでもケインズを凌ぐほどの人はいないと。

ウォール・ストリート・ジャーナルのレポートによると「現在の富裕な親たちは、億万長者の75%が富を相続していないことから自分の子供に中流家庭の価値観を身につけて育つことを期待している。ちょうど、自分たちがそうだったように。 しかし、親が子供たちを自家用ジェット機で色々なところに連れて行ったり、16歳の誕生日にメルセデス・ベンツをプレゼントしているのであれば、子供たちが中流階級の子供と同様の勤労倫理ややる気を持っていないのは、当然と言えば当然だ。」という。著者周辺の人々は、一儲けしたらネッツジェッツのメンバーになることをステイタスとしている。このネッツジェッツとは、ウォーレン・バフェットバークシャー・ハザウェイに買収されたチャーター機の共有サービスで複数で飛行機1機を保有し、最初に37万5千ドル払えば、後は飛行機のランニングコストだけで6百万ドルもする専用機を共有できるシステムで、ファーストクラスを使って移動するより割安で、しかも目的地近くの空港に直行でき、移動時間を短縮できるので、ビジネスユーザーに大人気となったサービスだ。著者の知合いで5億度の個人資産を持ち、世界を所有するガルフストリーム機(日本での販売店丸紅エアロスペースによると価格2500万ドルで速度マッハ0.9。東京-ニューヨーク間をノンストップで飛べる)で飛び回る人の娘が「パパ。私、誕生日にお願いあるの。飛行機が・・・」。でその知合いはびっくりする。まさか、誕生日に飛行機を買えというのか?いくらなんでもそれは高価すぎるおねだりだと。娘に詳しい話を聞くとそうじゃない。「学校の友達はみんな本物の飛行場から本物の航空会社の飛行機で旅行に行くのに、私は未だ航空会社の飛行機に乗ったことがないから乗りたい!」というもの。この娘は、どうやら自己所有のガルフストリームしか利用させてもらえず、普通の航空会社の飛行機で旅に出たかったである。環境というのは、すごい感覚を育てるのだ。

一方、毎日地下鉄でウオール街へ通うさえない中年トレーダーがある日、いつもの売店で新聞を買うと。未来の日付の新聞が手に入る。ここのところは、そのトレーダーの精神錯乱か。とにかく、そのトレーダーにはある日突然、近未来の株価が予測できるようになるのだ。それから彼は、さえないトレーダーから金融界いちのトップトレーダーにのし上がる。そして最後に彼が手にした未来の新聞には、彼の死亡記事が・・・を始めとする「見える目の男たち」の例が上がられている。そう投資には、少しばかり未来が見える目が必要であり、そんな能力を持った男たちとの出会いが記されている。

とにかく著者のまわりには、ジョージ・ソロス、ジム・ロジャーズ、ジュリアン・ロバートソンや破たんしたロングタームキャピタルマネジメント(LTCM)などを同業者視点で観察して書いている。米国金融業界を垣間見る上で、興味深い1冊だ。

「金正日が愛した女たち(金正男の従妹が明かすロイヤルファミリーの豪奢な日々)」 李韓永著

昨年2011年12月19日に金正日の死去した、というニュースはまだ記憶に新しい。そして、その後継者の金 正恩政権の安定性については、未だに疑問が持たれている。朝鮮半島の歴史は、高句麗新羅百済の三国、三国を統一した新羅を滅ぼした高麗、それを継いだ李氏朝鮮大韓帝国)と、移り変わってきた。

李氏朝鮮は、1910年の韓国併合により消滅し、日本の一部となったが、第二次世界大戦において日本が敗北し日本の朝鮮半島統治は終了した。北緯38度線以南をアメリカ合衆国(米国)に、38度線以北をソビエト連邦ソ連)に占領され、両国の軍政支配を受けた。そして、それぞれの支配地域で政府が樹立され、1948にアメリカ軍政地域単独で大韓民国が樹立されソビエト連邦側では朝鮮民主主義人民共和国が成立し、朝鮮半島は分裂したのだ。だから、北朝鮮は建国からまだ60年あまりしか経過していない新しい国だ。そして、北朝鮮成立の歴史には日本も深く関わってきているし、地理的に近い、が暴虐国家である金政権の内情は謎に包まれている。週刊誌ネタとしても興味ある分野だろう。

本書の著者は、李韓永(イ・ハニヨン)という。北朝鮮で最も中枢で幼年時代から青年時代を過ごし、金正日の近くにいた人の暴露本だ。本書に出てくる主人公は、李一男(リ・イルナ)として登場する。そこで、???確か本書の著者は李韓永で、その著者の自伝形式のはずだが李は同じだが下の名前が異なる。本書を読み進めていくうちに、その理由がわかるのだが、著者は北朝鮮から韓国へ亡命し、名前を変えていたのだ。北朝鮮での名前が李一男で、こちらが本来の北朝鮮での名前である。李韓永は韓国で隠れて生活するために便宜上つけた新しい名前だ。そして、著者はその存在を極秘とされていたので、整形手術まで受けて外見まで変えているのだ。それほどまでしてその存在を隠す必要があったのは、著者の母親が金正日と結婚した元映画女優成恵琳(ソンヘリム)の姉妹であり、著者自身が金正日の甥にあたるからだ。本書では、金正日を中心とした一族をロイヤルファミリーと呼び、北朝鮮で最も権力があるグループとしてその豪奢な生活を具体的に証言している。著者こそが、北朝鮮ロイヤルファミリーに最も近く、そしてその内実を語ることができる亡命者だった。韓国の情報機関は著者から、金正日の真の姿を聞き出していたのだ。韓国に著者が匿われていると金正日に知れれば、その引き渡し強く求められ外交問題になることは必至であったからその存在はトップシークレットだ。著者の叔母である成恵琳は、金正日との間に息子がいる。彼の名前は金 正男(キム・ジョンナム)。そう、一時金正日の後継者とされ、密入国で逮捕されたことがニュースにもなったあの男だ。著者は幼少期から金 正男とともに官邸で暮らし、北朝鮮の幹部たちとロイヤルファミリーの関係も垣間見てきたのだ。

成恵琳を叔母として持った著者は、ロイヤルファミリーとして誰からも特権的に扱われた。外部の人間が想像している以上に、金正日の力は大きい。北朝鮮が貧乏な国であるといっても、その国の富をほとんど私物化しているロイヤルファミリーの生活は豪奢だ。著者も自分自身は、官邸での暮らしで一般の北朝鮮国民の生活のことは、ほとんど分からないと告白している。著者は自由を求めて、韓国に亡命することになるのだが、韓国で一時優遇されていたとは言え、北朝鮮でのロイヤルファミリーとしての生活の方がよほど豪奢だと感じたようだ。

金 正男を産んだ成恵琳も、金正日の寵愛が高 英姫(コ・ヨンヒ)へ移ることによりロイヤルファミリーの中枢から疎外されていく。この高 英姫が産んだ金正哲金正恩の母である。著者は、1997年に本書を出版後、北朝鮮工作員に射殺され死亡する。衝撃的な最後だ。それほどまでに、著者が暴露した北朝鮮ロイヤルファミリーの秘密は知られて困るもの、不快なものだったのだろう。本書は週刊誌ネタの範囲を越え、現在の金正恩体制までの北朝鮮ロイヤルファミリーの力関係を理解出来るのだ。

「バイオパンク(DIY科学者たちのDNAハック)」 マーカス・ウォールセン著

バイオパンク DIY科学者たちのDNAハック!

バイオパンク DIY科学者たちのDNAハック!

本書のタイトルは、「バイオ」と「パンク」をくっつけて造語しているのだが、パンクとバイオの関連性が最初は??である。パンクという言葉自体は良く耳にするが、その定義は人によって異なるようなので、まずパンクについて調べてみた。すると、その言葉が意味するところは、反抗精神をストレートに表現するようなシンプルなロックがパンクと呼ばれていて、ロックの主流だったハードロックやプログレは 演奏が難しかったら、楽器を弾いたことのないヤツには手が出ないが、パンクなら「オレ達でも出来そうじゃん!」といった感じだ。だから「シンプル」「Do It Yourself」で「反社会的」「型にはまらない」等そんなイメージを思い浮かべれば良いだろう。それにバイオ(人・生物)をくっつければ、「シンプルな考えの人」、「Do It Yourselfしちゃう人」、「型にはまらない人」という理解で、読み始めは、だいたいいいんじゃないかと思う。

それで、その「シンプルな考えの人」、「Do It Yourselfしちゃう人」、「型にはまらない人」の話なのだが、次のようなことをイメージしてもらうと良い。ビル・ゲイツが最初ガレージで立ち上げた会社が今日のマイクロソフトになったことは有名だ。サーゲイ・ブリンとラリー・ぺイジもガレージでグーグルを考えついたし、ザッカーバーグだってfacebookを開設したのは大学の寮だった。本書に出てくる人たちは、このガレージのような身近な場所を利用して、「本当!そんなことできちゃうの?」ということを考えている人たちだ。例えば、マサチューセッツ工科大学(MIT)を卒業した23歳のケイ・オールは、自宅のクローゼットをラボ(研究室)に作っちゃうのだ。ケイほどの生物工学の知識があれば、バイオ業界のどんな会社にだって就職できるし、政府施設のバイオ研究所に入ってそこの機材でバイオテロに使える生物兵器だって作れる。でもケイがこだわったのは、自宅でバイオ研究をすること。そのためには、資材をいかに安く手に入れるかだ。ケイは、インターネットオークションサイトで、細胞培養器として改造できる炊飯器とウイスキータンブラーを90ドルで買う。ケイはこれらで、1万ドルはするハイテク温度制御機の代用ができるというのだ。本書に出てくる通称バイオ・ハッカーたちのモットーは、Do It Yourselfでシンプルなコストをかけない資材でバイオ研究を趣味でやろうということ。でも、これで企業してお金を儲けることが夢というわけではない。あくまでも趣味としてのバイオである。知的な趣味にのめりこむギーク(オタク)たちというわけだ。

バイオ・ハッカーたちは、安い機材で多くの仲間がこの世界に参入できれば、イノベーションが起こるはずだという。なるべく多くの人が集合知こそが生物工学にイノベーションを引き起こすと考えている。何も大学や大会社の研修室でなければ、生物学上の飛躍的斑点がないわけではない。いままで、特殊な研究室でしかできなかったコストのかかる遺伝子解析も数万円でできてしまう。これにより、自身の遺伝子を解明したい人は、頬の内側の皮膚や唾液を使って安易にDNAの二重らせんに並ぶ塩基配列を知ることができる。でも、それを知ったところで、現在はまだそれから多くの生物の謎はわからない。でも、「ウチの家系は癌になる人が多い、その原因はDNAの二重らせんに並ぶ塩基配列の欠落したコードを比較することで証明できるのではないか?」とか、そんなことが分かってくのかもしれない。このDNA解析キットをドラッグストアで販売しょうという会社も出てきている。

バイオ・ハッカーたちは、探究心から自宅でDNAをハックする。今までは、コンピューターやネットの発明が世界を変えたが、これからはバイオだろう。そして、そのイノベーションを引き起こすのは、本書に登場するようなギークたちになる可能性は高い。次のビル・ゲイツはやはりガレージラボにいるのだ。

「江戸の政権交代と武家屋敷」 岩本 馨著

江戸の政権交代と武家屋敷 (歴史文化ライブラリー)

江戸の政権交代と武家屋敷 (歴史文化ライブラリー)

江戸の古地図と現在の地図を重ね合わせて眺めることは面白い。自宅から散歩に出かけるのに手頃な距離に根津権現と呼ばれる神社がある。この神社、境内に入ると、朱塗りのどこか見た記憶のある社殿が鎮座している。どこか見たことのあるというのは、日光の東照宮にその様式が似ているからである。まぜ、この街中の中規模な神社に日光東照宮と同じ様式の社殿が建っているのか?それにはちゃんとしたいわれがあるのだ。

六代将軍家宣(いえのぶ)は、将軍となる以前、綱豊と言って25万石(のちに10万石加増され35万石)甲府藩の藩主であった。この25万石というのは御三家水戸徳川家の28万石に匹敵するもので、そこからも家格の高さが分かるであろう。その綱豊が生まれたのが、甲府下屋敷であり、現在の根津神社で場所である。豊綱が6代将軍家宣となることにより、その屋敷地を献納して天下普請したもので、権現造(本殿、幣殿、拝殿を構造的に一体に造る)を採用しているのだ。大名屋敷というのは、上・中・下に蔵屋敷といくつかの種類がある。上屋敷というのは大名本人が居住する本邸で、中屋敷は隠居した大名が住んだりするところ、下屋敷は江戸の中心が離れた郊外などに建てた別荘であり、蔵屋敷は名前の通り蔵としての役目があった。だから、下屋敷に大名本人が出かけることは少ない。時代劇で、悪質な家来が賭場を開くのが大抵下屋敷なのは、本邸から目が届かぬ郊外であるからだ。ここにもちゃんとした理由があるのである。という下屋敷で藩主になり、将軍ともなる家宣が生まれたのには理由があった。家宣の生母は側室で、ちょうど家宣誕生の頃、父の綱重に正妻としての京都の公家二条家からの婚姻の話があり、側室として遠慮があったのであろう、上屋敷に居られない立場だったのだ。

本書は特定の将軍についての歴史物語ではない。その主題は、歴代将軍の政治に関わり、その周辺の大名・旗本の屋敷がいかに江戸という都市の中で変遷していったかを追ったものだ。大名・旗本屋敷というものは、江戸期を通じて由緒ある一定の場所に変わらず建っていたというイメージがある。しかしその実体は、かなり流動性があったのだ。将軍の側近たちは、西ノ丸下という江戸城中枢の地域に屋敷を持っていたが、西ノ丸下の屋敷は将軍が変わるとガラリと持ち主も変わる。前将軍に近い者は、新将軍の側近に取って代わられ、左遷されてしまうのだ。旗本の屋敷は、将軍から拝領を受けたものであり、拝領と所有権とは明らかに異なるのだ。であるから、簡単に取り上げられ、新たな者に与えられるものでもあった。意外と流動性が高いものだ。これは、米国大統領が変わるとそのスタッフが大挙してホワイトハウスを出ていくのに似ている。

拝領屋敷には、その者の石高により厳然とした基準があった。300〜900石の中流武家は500坪、2000石ぐらいの大旗本になれば1000坪、数万石の大名で5000坪、そして大老柳沢吉保を代表とする側用人になれば7000坪にもなる。家格に応じて、ふさわしい屋敷面積というのがあるのだ。新井白石は300石取りのとき、250坪の屋敷の拝領を申し出たが、これでは石高に釣り合わない狭すぎるということで、却下されてしまう。

本書は、史料に記された屋敷地の新旧拝領者を系統付けて照合し、実名、家禄高、役職履歴などを調べて、屋敷場所を絵図で確認して位置を特定する作業を膨大な時間をかけて行ったことで、拝領をめぐる様々な物語が見えてきたという。データを裏付けとした視点で江戸を見直した1冊。「もし無人島に1冊だけ持っていくのならば、地図だろう」という話は聞くが、江戸の古地図を隠されたストーリーと時系列で立体的に考察することは、より興味深いではないか。

「アイスマン」 ケビン・ポールセン著

アイスマン

アイスマン

インターネット上の闇市場で100億円の損害を出したスーパーハッカーアイスマン」の判決は実刑13年の収監だった。アイスマンの盗んだカード番号は200万件。米国では、量刑を被告の得た不当な利益ではなく、被害者の受けた損害額を基準とするのだ。

盗んだカード番号は、「ダンプ」と呼ばれ、スタンダードカード1枚のダンプは20ドル、ゴールドカードのダンプは80ドル、コーポレートカードのダンプは100ドルで取引される。アイスマンのようなハッカーがダンプを手に入れる前は、ゴミ箱やレシートのインプリンターの複写機からカード番号を人為的に盗んでいたのだ。手元にあるカードで買い物をしたレシートや請求書を確認いただけるとわかると思うが、その買い物に使用したカード番号が全桁印刷されていないのは、これを防ぐためなのだ。そして、更に小遣いに困っている販売員やウェイターを買収し、小型のスキャナーで客のカードの読み取り、後でUSBを介してカード番号を回収するという方法も使われていた。アイスマンは、大手小売店や外食産業のPOSレジをターゲットに狙う。POSレジのシステムに侵入し、カード番号を盗み出すのだ。

天才ハッカーの手口は、次のようなものだ。
ボットネット」=サイバー犯罪者がトロイの木馬やその他の悪意あるプログラムを使用して乗っ取った多数のゾンビコンピュータで構成されるネットワークをつくる。サイバー犯罪者の支配下に入ったコンピュータは、使用者本人の知らないところで犯罪者の片棒を担ぐ加害者(踏み台など)になる。ボットネットにおいて、指令者を特定することは非常に困難だ。

DoS攻撃(ドスこうげき)=ターゲットの持つ電話機に無言電話やいたずら電話を大量に発信して、ターゲットが正常に電話機を使用(受・発信)できないような状態にすること。DoSはネット上のトラフィックを増大させ、通信を処理している回線やサーバの処理能力)を占有することで、システムを使用困難あるいはダウンさせたり、その過負荷によってサーバの機材そのものを誤動作させたり破壊したりする。アイスマンたちは、敵対する企業のサーバをダウンさせることで、報酬を得るのだ。

バックドア=、本来はIDやパスワードを使って通信を制限したり、使用権を確認するコンピュータの機能を無許可で利用するために、コンピュータ内に(他人に知られる事無く)設けられた通信接続の機能を指だ。コンピュータに存在するセキュリティホールを使って送り込まれたソフトウェアだ。アイスマンは、パッチ ( コンピュータにおいてプログラムの一部分を更新してバグ修正や機能変更を行なうためのデータのこと。「修正プログラム」や「アップデート(プログラム)」)が当てられていないシステムに侵入し、バックドアを設置し、いつでも必要な情報を手に入れた。
マルウェア =不正かつ有害な動作を行う意図で作成された悪意のあるソフトウェアや悪質なコードの総称である。マルウェアには、様々な脅威が含まれる。マルウェアの例としては、ウイルス、バックドアキーロガートロイの木馬、WordやExcelのマクロウイルス、ブートセクタウイルス、スクリプトウイルス (BAT、Windowsシェル、JavaScriptなど)、クライムウェア、スケアウェア、スパイウェアなどがある。

さて、盗み出し闇のネット市場で取引されたカード番号はどうなるのか。ここから先は、別の業者・部隊が担当する。カード番号を使って偽造カードを作成し、これをキャッシャーと呼ばれる買い物担当者が使用する。キャッシャーは不自然な買い物客と見えないよう注意しながら、複数枚のカードを使い分けデパートで高額品をショッピングする。ショッピングした商品は、イーベイなどのネットオークションで売買され現金化されるというわけだ。

現在では、CVVと呼ばれるクレジットカード・デビットカードの不正使用防止のため利用される特殊なコードもカード番号とは別に設定されている。このコード値は発行会社のみが知っていて、カード番号、有効期限、サービスコードを暗号化キーによって符号化、十進化した結果から算出される。コードはカードの署名欄の隅に印刷された3桁または4桁の数字で、磁気情報としては保持されておらずマスターカード、VISA、ダイナースクラブディスカバーカードJCBのクレジットカード(デビットカード)では3桁のコードが署名欄の上に印刷されているので、保有するカードをみていただくとわかる。

ちなみに、本書の著者も元世界的なハッカーである。世界的なハッカーが描く、史上最大のサイバー犯罪を起こしたスーパーハッカーの実体とは興味がわくでしょう?

「戦後日本経済史」 野口 悠紀雄著

戦後日本経済史 (新潮選書)

戦後日本経済史 (新潮選書)

歴史好きでも昭和史はあまり詳しくないのではないか。学校で日本史を古代から順番にやっていくと昭和に多くを割くことなく時間切れ気味となる。また、近代の歴史のポイントは、法制史や経済史で、偉人が歴史を変えるようなドラマチックな展開に乏しいという点に興味が湧かない人も多いだろう。ボクもどちらかと言えば、昭和史の知識が薄いから、そこのところを補いたいという意味で手に取った一冊。著者は、日比谷高校(一高)始まって以来の国語の天才と言われる谷崎潤一郎に次ぐ「文系の雄」と言われながらも、「優秀な人間は理系に行け」という時代の雰囲気に従って理系の学部へ進み、更に経済学へ転向。冷やかしで受けた公務員試験にもトップレベルで合格して大蔵官僚となる。そんな多才な著者が、大蔵官僚時代の経験をもとに戦後日本の経済史を書いたのだから単なる歴史教科書よりはるかに面白いはずだ。

戦後の復興計画は、工業復興のための基幹産業である石炭と鉄鋼の増産に向かって、全ての経済政策を集中的に「傾斜」するという意味で「傾斜生産方式」を取った。政府は、地主層から土地を強制的に安値で買い上げ小作人に売り渡すことで自作農を増やし農政を安定化した。その際の土地買上げの地主層への支払いは国債で行った。また、財閥が保有数する株式や財産も15年間譲渡禁止の国債に転換されたのだ。更に、政府は紙幣を増刷して意図的なインフレを起こすことで家計経済を圧迫し、消費を抑制、強制貯蓄させることで、この貯蓄資金を基幹産業に注ぎ込んだのだ。このインフレによる国債の実質的な価値下落が農地解放により勢力を失った大地主や財閥に追い打ちをかけ、これらの資産保有層を没落させることなる。

戦前の農村が極貧に喘いでいたのは、広大な土地を支配していた大地主の存在のためだった。山形県酒田市を中心に日本最大の地主だった本間家が有名だ。「本間様には及びもせぬが、せめてなりたやお殿様」という歌も詠まれるほどの栄華を誇っており、その所有地は3000ヘクタール(渋谷区の2倍の面積)に及び、小作農2700人を抱えるほどだったのだ。文豪太宰治の生家である津島家も津軽に250ヘクタールの土地を有し、小作人300人がいた。太宰は小説「斜陽」で、この大地主の没落を描いている。

学校で教える昭和史では、GHQ主導による戦後改革として農地解放・財閥解体あたりまでは教えている。しかし、戦後改革といいながらも実質的には戦時体制の仕組みを踏襲しながら日本は高度成長を果たしてきたのだという部分には踏み込むことはない。現在の日銀は、日銀法で「政府から独立した機関として金融政策、健全な金融システムの維持という役割を担う」としているのが、本来の日銀の位置付けはこれではない。旧日銀法の総則で「日本銀行ハ国家経済総力ノ適切ナル発揮ヲ図ル為国家ノ製作ニ即シ通貨ノ調節、金融ノ調整及信用制度ノ保持育成ニ任ズルヲ以テ目的トス」と定めていたのだ。つまり、日銀は国家の総力戦を想定して金融政策の統制を行う機関なのだ。GHQの戦後改革を経ても、この戦時経済体制的な国家総力戦の統制機関として機能し、日本の金融行政において典型的にみられる行政官庁の強力な行政指導としての「護送船団方式」を生み出したのだ。欧米が株式による直接金融が盛んになる一方、日本は大蔵省主導で日銀を頂点とした銀行業界が融資というかたちでの間接金融を主に経済成長してきた背景はここにあるのだ。そして、著者は、高度成長とともにバブルも、この実質的な戦時経済体制が生み出したと喝破しているのだ。

「黒人はなぜ足が速いのか(走る遺伝子の謎)」 若原 正己著

黒人はなぜ足が速いのか―「走る遺伝子」の謎 (新潮選書)

黒人はなぜ足が速いのか―「走る遺伝子」の謎 (新潮選書)

オリンピックや世界陸上選手権大会を観戦したことがあるならば、100m走決勝に勝ち残る選手が、みな黒人であることに気付いているだろう。よく、「黒人は運動能力が高い」と言われるが、人種の違いがそれほどまでに運動能力の差を生み出しているのだろうか?

最近の国際大会男子100m走の世界トップ10は全員黒人である。ちなみに1位ウサイン・ボルト(ジャマイカ)、2位タイソン・ゲイ(米国)、3位アサファ・パウエル(ジャマイカ)となっている。特にエリート短距離走者の国籍は、カリブ海諸国のジャマイカ、バルバドス、キューバが目立つのだが、ジャマイカの人口は260万人、バルバドスはわずか26万人、キューバでも1120万人であり、これらの国の人口を合計しても1500万人程度である。人口13億の中国が北京大会ではじめて米国を金メダル数で追い抜いたが、短距離種目ではメダルゼロである。これに比べカリブ海諸国が短距離界のメダルを独占している事実には、大きな秘密があるはずだ。更に、選手の国籍はジャマイカ、米国などだが、その出自は全員が西アフリカに祖先を持っている。

一方マラソンなど長距離走者の世界はどうだろうか?エチオピアケニア、モロッコアルジェリアなどの東アフリカ、北アフリカの諸国がメダルを独占しており、短距離界の覇者である西アフリカ勢は一人も入っていないのだ。ただし、女子の長距離走者については、やや状況が異なり東・北アフリカ勢だけでなく、日本人(野口みずき渋井陽子高橋尚子)や中国人がトップテン入りしている。男女すべてのデーターを総合的に見れば、短距離は西アフリカ・カリブ海諸国が圧倒的に強く、中距離は東・北アフリカ勢が強く、長距離は東アフリカ勢が強い。ただし、超長距離になれば、日本や中国、韓国の東アジア勢力も活躍することができるという結果になる。

本書では遺伝子、走る遺伝子という視点から人種による運動能力の違いを解明しようとしている。走る速さとは、筋力の強さや柔軟性、筋肉と骨との結合にバランス、練習量、意欲・精神力と複数の要素による総合的な結果だから遺伝子のみにその原因があるわけではないとしながらも、特定の地域に偏ってトップアスリートが排出されていることから、何か遺伝的仕組みに大きな原因があるであろうという仮説を立てているのだ。

まったく同じ遺伝子を持つ一卵性双生児について、短距離走長距離走のタイムを比べる実験をすると、短距離走では近いタイムが記録され、長距離走ではそのタイムに相関がみられない。どうやら、長距離走は、遺伝的資質が短距離走よりも影響を受けないようなのだ。

遺伝子とは、例えるなら設計図面というより「料理のレシピ」のようなものだと。料理の材料や盛り付け方を写真やイラストで示したものではなく、料理の作り方を文章で書いたレシピ(指示書)に近いというのだ。遺伝子のレシピにより筋肉を構成するタンパク質の性質が決定されているのだ。遺伝子が突然変異で変化すると、その変化によりタンパク質も変化するのだが、この逆はない。タンパク質の変化が遺伝子情報を変化させて、それを次世代へと伝えることはないのだ。遺伝子情報は一方通行となる。つまり、父親が筋肉トレーニングで筋肉隆々の身体をつくりあげても、このタンパク質の変化は遺伝情報として子孫には伝わらないのだ。遺伝子の世界では、原因が結果を生じせても、結果が原因を生じさせせることはない。これを「獲得形質は遺伝しない」という。

走力には筋肉の質がものをいい、短距離の瞬発力に速い運動に適する速筋が、長距離の持久力には持続的運動に適した遅筋が重要な役割を果たすのだ。aアクチニン遺伝子は、筋肉に存在する「aアクチニン」というタンパク質をコードしている遺伝子である。aアクチニンは「aアクチニン2」と「aアクチニン3」という2種類に分かれており、aアクチニン3をたくさん持つと瞬発力に優れる速筋が得られ、aアクチニン2をたくさん持つと持続的運動に適した遅筋が得られるのだ。人間は、父方と母方の双方から2組の遺伝子セットを持っており、aアクチニン3の正常遺伝子を持つR、変異を持つXとすれば、父方と母方の双方の組み合わせはRR,RX,XXの3通りとなる。この中で、RRのaアクチニン3の正常遺伝子同士の組み合わせは瞬発力に優れる筋力を持て、XXの変異を持つ遺伝子同士の組み合わせでは瞬発力を持つ筋力に劣ることになる。短距離走者のトップアスリートについては、XXタイプの遺伝子を持つ者はいないようなのだ。