「僕がアップルで学んだこと」 松井博著

著者は、1992年にアップルジャパンに入社し、2002年から2009年までアップルの米国本社に在籍していた。つまり、アップルが倒産しそうな暗黒時期からスティーブ・ジョブスがNext社からアップルの暫定CEOとして復帰し、大変革が起こった時期をまたいでアップルの内側を体験して書いている。

本書を選んだ読者が最も興味を持っていることは、暗黒時期のアップルはどれだけひどかったのか?とアップルはどうのようにして復活したのか?そしてアップルの強さとは何か?この3点において、アップルの変革期に内側にいた著者のレポートを読みたいということだろう。その構成は、アップルの内幕8割、残り2割は著者がそこから得た普遍的な人としてあり方まとめである。後半2割は、もともと著者自身が資質として持っていたもの、又はウスウス気づいていたがアップルでの経験でその信念を固くしたポリシーだ。その内容は、「それはごもっとも」、「ボクもそうだと思っていた」という今や常識なことだとは思うが、そこはアップルでの実体験を経てその考えを固めた著者が書いているのだから、説得力がある。

アップルの暗黒時期、社内には150ぐらいのプロジェクトが同時進行していて、誰もがその全体像を把握していないという自由気ままなというか混沌としていた。社内の人間がアップルで今何が開発されていて、どんなプロジェクトがあるか知りたければ、アップル製品の専門誌を買って読むのが手っ取り早いという状況だった。ジョブスはアップルに復帰してプロジェクトを10に減らした。持てる資源を集中させるシンプル路線へ大変更したというわけだ。また、ジョブスは仕事の責任者を個人に特化する。この仕事が上手くいかなかった時の説明責任者が指名されたのだ。日本では、成功してもしなくてもチームの手柄で連帯責任というのがある意味美徳とされるが、完全に個人責任にした。もちろん、責任に対して、大きな権限も与えられだが、解雇もあり得るから、これはやっぱり強度のストレスがかかるそうだ。シリコンバレーでも、アップルは他社に比較し、長時間勤務、上層部からの圧力、責任の重さできつい会社だと言う。著者は、アップルはある面で「ブラック企業」と言っている。

著者がマネージャーとして、その仕事のやり方で重視したこと、そしてその効果を書いている。これは、人間の特性を考慮しながら、効率をどうやって上げていくかという試みだ。アップルでの体験が無い人から、これを教えられても「そういうもんかな?」と眉唾ものだが、具体的な体験からの知恵だから説得力がある。著者の基本的な考えは、「人は環境により変わる」ということだ。それは、人が目標を定め「よし!絶対これを完遂してやる」という意志より、環境・習慣の力の方が強いという結論だ。アップルのような頭がいいやつ、個性が強いやつがゴロゴロしている会社でも、人は意志より環境・習慣に方に影響を強く受けるということだ。だから、マネージャーとして部下のパフォーマンスを上げるには、環境の管理に相当の知恵を絞っている。そして、自らアップル(社会)で生き抜くため、いや、人生を有意義にするため習慣を大切しろと強く勧めている。

最初はアップルの内幕に興味を持って選んだのだが、著者はアップルの影響を強く受けているので、シンプルでありながら効果的な教訓を教えてくれる。それは決して、目からウロコの驚愕すべき内容ではないが、なぜか心に残るのだ。人は、「環境・習慣」に支配されるという事実を「アップルという、世界基準でもハイレベルな職場で実践してみたら」をサクサク新書版で読めた。外資で働いて、シリコンバレーあたりで生活している人は、こんなドライな文章を書いて、その内側には明快なポリシーを持っているだなぁというのが、本書の行間から感じられというところもある意味新鮮な本でした。