「戦うコピューター2011」 井上孝司著

戦うコンピュータ2011

戦うコンピュータ2011

戦うコンピューターと聞き、武装したロボットが戦場で敵国と交戦するというイメージ(ターミネーターのような奴)を抱くかもしれないが、現状はだいぶ違う。戦闘機を例にとれば、その速度、上昇、旋回性能、そして攻撃用の装備(機銃やミサイル)の破壊力というハードの性能は来るところまで来てしまっており、最新の戦闘機の革新性はコンピューターとそのソフトに負う部分が多いのだ。昔ならば、その兵器の性能は、搭載している機銃の威圧感や如何にも速そうな空気抵抗の少ない機体とかが、戦闘機の性能を表していた。今や、素人目にどこが変わったの?というほどの地味な新型機であっても、また外見は同じでも、ソフトウェアを換装することで、まるで別の機体に変身してしまうということが常識。ドンガラでなくアンコの時代になったのだ。戦闘機も人と同じで、外見でなく中味が重視されるのだ。その中味とは、コンピューターである。

誰しも子供の頃に紙飛行機を飛ばして遊んだことがあるだろう。出来るだけ真っ直ぐに、そして遠くまで飛ばしたいと機体を水平に押し出すが、最後は機首が上向き、失速してお尻から墜落するという結末のあれだ。これは、紙飛行機の形態を思い出していただければわかると思うが、機首とお尻を比べたときに、機首の重量が軽いため、機体が後傾し、お尻からストンと墜落にいたるというわけだ。だから、機首とお尻の重量バランスを調整して紙飛行機を作ってやれば、安定して真っ直ぐ遠くまで飛ぶようになる理屈だ。

実際の飛行機の場合、乗客を運ぶ旅客機ならこれで良いのだが、戦闘機となると敵と交戦しなければならないという特殊事情がある。敵に対して優位な機体を目標とするうえで、旋回性能などの機敏な動作が重要視されるので、安定して飛ぶという動作とは相反することになる。つまり、安定性を追及すると敵の攻撃を回避する機敏さが失われ、撃墜されてしまうという矛盾に突き当たる。かといって、機敏さを追求するあまり、安定性を犠牲にした機体を開発すれば、当然墜落事故が頻発することになる。安定性に欠けるが素晴らしい旋回性能を持つ戦闘機を上手く操縦するというのは、非常にテクニカル能力と集中力が必要されるということが容易に想像出来るであろう。高機能化する戦闘機のパイロットにかかる負担は大きい。

ロッキード・マーティン社とボーイング社が共同開発した、レーダーや赤外線探知装置等からの隠密性が極めて高いステルス戦闘機であるF22は、その特殊性から主翼は複雑な六角形の変形デルタ翼であり、照射されたレーダー波を特定方向に反射するために機体を構成する角度は可能な限り同一になっている。ステルス性を優先すれば、飛行機としての安定性を犠牲にすることになる。

これまで、戦闘機のパイロットが右に40度旋回したければ、操縦桿をパイロットの技量で適切な量傾けることで、機体を操作した。パイロットは、その時の機体の状態や飛行環境などをモニターや計器から読み取り、瞬時の判断を行うことになる。F22になると、ステルス性を優先するあまり、機体を失速させないように同様の操縦することは、人間の限界を超えてしまうほどの情報分析と判断が必要となる。そこで、この情報分析と判断にコンピューターが介入する。コンピューターは失速しない範囲で最善の旋回行動を取るために、各種翼の可動角度を最適化する。パイロットは操縦桿を旋回したい程度に倒すのだが、操縦桿と各種翼は直結していないのだ。あくまで、パイロットの操縦桿操作は、パイロットの意志を表すことであり、実際にその意志に則した各種翼の可動角度はコンピューターが行う。結果が同じでもプロセスが全く異なるのだ。

更に、各機体のコンピューターが人間の能力を超える部分のフォローを行うだけではない。戦闘機は隊形を組み交戦状態に入ることが多いのだが、この編隊の各機体はデータリンクで情報交換を行い、敵に対して最も有効性のある位置にある機体が攻撃する。同一の敵に対し、複数の味方機が重複した攻撃を避け、味方機への誤射も防ぐチーム戦闘を行うのだ。戦場周辺の味方艦船やレーダー基地との情報交換と、異種兵器との連動もしているのだ。と、ここまで高度なコンピューターネットワークで国の存亡がかかる重要事項なのだが、意外なことに米軍オリジナルOSでもなくウィンドウズ7でもないウィンドウズXPや2000をまだまだ利用しているとか。民生用のOSでも耐久性と秘匿性が確保できれば問題ないのだという。また、兵器は長期の開発期間がかかり、開発開始時にOSを固定してやる必要上、最新のOSを取り入れることはできないという事情がある。

というように、軍製品と民生品の境目は曖昧だ。そして、最新兵器の技術も民間にフィードバックされている。想像以上に興味深い世界だ。システム関係の仕事に携わる人であれば、より面白く読めるのが本書であろう。著者は、マイクロソフトの元社員で軍事オタクな人みたいだが、文章は平易で素人でもわかりやすい。最近ニュースで、墜落の危険性が懸念されているオスプレィにも言及している箇所がある。「こんなの知って、どうするのだ?」という世界でもあるが、「へ〜、そうなんだ。スゴいことになってるんだ!」の目から鱗の読書体験を出来るということで、おすすめしたい本と言える。中高生にこんな本を読ませたら、自衛隊に入隊してコンピューターをどう防衛に活用するか追及したら、面白そうだと思っちゃう理系の子がたくさん出てきそうだ。