「金正日が愛した女たち(金正男の従妹が明かすロイヤルファミリーの豪奢な日々)」 李韓永著

昨年2011年12月19日に金正日の死去した、というニュースはまだ記憶に新しい。そして、その後継者の金 正恩政権の安定性については、未だに疑問が持たれている。朝鮮半島の歴史は、高句麗新羅百済の三国、三国を統一した新羅を滅ぼした高麗、それを継いだ李氏朝鮮大韓帝国)と、移り変わってきた。

李氏朝鮮は、1910年の韓国併合により消滅し、日本の一部となったが、第二次世界大戦において日本が敗北し日本の朝鮮半島統治は終了した。北緯38度線以南をアメリカ合衆国(米国)に、38度線以北をソビエト連邦ソ連)に占領され、両国の軍政支配を受けた。そして、それぞれの支配地域で政府が樹立され、1948にアメリカ軍政地域単独で大韓民国が樹立されソビエト連邦側では朝鮮民主主義人民共和国が成立し、朝鮮半島は分裂したのだ。だから、北朝鮮は建国からまだ60年あまりしか経過していない新しい国だ。そして、北朝鮮成立の歴史には日本も深く関わってきているし、地理的に近い、が暴虐国家である金政権の内情は謎に包まれている。週刊誌ネタとしても興味ある分野だろう。

本書の著者は、李韓永(イ・ハニヨン)という。北朝鮮で最も中枢で幼年時代から青年時代を過ごし、金正日の近くにいた人の暴露本だ。本書に出てくる主人公は、李一男(リ・イルナ)として登場する。そこで、???確か本書の著者は李韓永で、その著者の自伝形式のはずだが李は同じだが下の名前が異なる。本書を読み進めていくうちに、その理由がわかるのだが、著者は北朝鮮から韓国へ亡命し、名前を変えていたのだ。北朝鮮での名前が李一男で、こちらが本来の北朝鮮での名前である。李韓永は韓国で隠れて生活するために便宜上つけた新しい名前だ。そして、著者はその存在を極秘とされていたので、整形手術まで受けて外見まで変えているのだ。それほどまでしてその存在を隠す必要があったのは、著者の母親が金正日と結婚した元映画女優成恵琳(ソンヘリム)の姉妹であり、著者自身が金正日の甥にあたるからだ。本書では、金正日を中心とした一族をロイヤルファミリーと呼び、北朝鮮で最も権力があるグループとしてその豪奢な生活を具体的に証言している。著者こそが、北朝鮮ロイヤルファミリーに最も近く、そしてその内実を語ることができる亡命者だった。韓国の情報機関は著者から、金正日の真の姿を聞き出していたのだ。韓国に著者が匿われていると金正日に知れれば、その引き渡し強く求められ外交問題になることは必至であったからその存在はトップシークレットだ。著者の叔母である成恵琳は、金正日との間に息子がいる。彼の名前は金 正男(キム・ジョンナム)。そう、一時金正日の後継者とされ、密入国で逮捕されたことがニュースにもなったあの男だ。著者は幼少期から金 正男とともに官邸で暮らし、北朝鮮の幹部たちとロイヤルファミリーの関係も垣間見てきたのだ。

成恵琳を叔母として持った著者は、ロイヤルファミリーとして誰からも特権的に扱われた。外部の人間が想像している以上に、金正日の力は大きい。北朝鮮が貧乏な国であるといっても、その国の富をほとんど私物化しているロイヤルファミリーの生活は豪奢だ。著者も自分自身は、官邸での暮らしで一般の北朝鮮国民の生活のことは、ほとんど分からないと告白している。著者は自由を求めて、韓国に亡命することになるのだが、韓国で一時優遇されていたとは言え、北朝鮮でのロイヤルファミリーとしての生活の方がよほど豪奢だと感じたようだ。

金 正男を産んだ成恵琳も、金正日の寵愛が高 英姫(コ・ヨンヒ)へ移ることによりロイヤルファミリーの中枢から疎外されていく。この高 英姫が産んだ金正哲金正恩の母である。著者は、1997年に本書を出版後、北朝鮮工作員に射殺され死亡する。衝撃的な最後だ。それほどまでに、著者が暴露した北朝鮮ロイヤルファミリーの秘密は知られて困るもの、不快なものだったのだろう。本書は週刊誌ネタの範囲を越え、現在の金正恩体制までの北朝鮮ロイヤルファミリーの力関係を理解出来るのだ。