「チョコレートの世界史」 武田尚子著

読書の秋であり、食欲の秋でもあるので、今夜はチョコレートの話としたい。歴史上、チョコレートの前に原料を同じくするココアが登場する。この原料であるカカオの実を粉砕し、これを湯に溶くとカカオの実の油脂が表面に浮いて飲みにくい、これを取り除く「脱脂」をして、砂糖・バニラ・シナモン・でんぷんを混ぜたものがココアと呼ばれた。脱脂した油分はココアバターになった。更に渋さや苦みをまろやかにするため、酸性のカカオにアルカリ塩を加える「アルカリ処理」を行い、より飲みやすくしたのが、今でもスーパーの棚でみかけるココアブランドのヴァン・ホーテン社であった。

一方、チョコレートは英国で19世紀前半に薬局を経営していたジョーゼフ・フライが、ココアから油脂を取り除くのとは逆の発想で、脱脂していないカカオにココアバターを加えることでより多くの砂糖を溶かしこみ、練り上げることで、なめらかで風味の良い固形物を作り上げた。これは冷やすと成形も型抜きもしやすく、お湯に溶かして飲むココアとは異なる、そのまま食べられる「チョコレート」になったわけだ。

英国でココアとチョコレートの代表的メーカーは、先ほどチョコレートを発明したフライ家とキャドバリー家、ロウントリー家である。この三家ともプロテスタントの一派であるクエーカー教徒であり、クエーカー教徒は既存の教会のルールを批判していたことから差別・迫害され、公職や高等教育を受けられないことで弁護士・医師につくことができなかった。そのため産業界に進出したのだ。

当時の労働者は、厳しい肉体労働に備えて、即効的なエネルギー補給をアルコールに頼っていた。朝、工場に出かける前にアルコールを一杯ひかける。午後の休憩時間にも一杯というような状況だったのだ。当然、アルコール中毒になる者や翌朝出勤できない者も多くでた。クエーカー教徒の企業家はワーキングクラスのアルコール中毒を撲滅するためにも、ココアによる栄養補給を推進したのだ。

カカオにココアバターを加えることでより多くの砂糖を溶かしこみ、練り上げたチョコレートは、箱詰めチョコレートとして売り出された。当時には珍しい大々的な市場調査を行った結果が、箱詰めチョコレートを男性が購入し女性にプレゼントしているという事実が浮かび上がった。そこで、ロウントリー社は箱詰めチョコレート「ブラック・マジック」の広告で、男性が女性にチョコレートを贈るというイメージ戦略をとるようになるのだ。このブラック・マジックは、これまでの甘いチョコレートからビターで大人の味路線への大転換になったのだ。

その後、ロウントリー社は更なるヒット商品を産み出す。それはチョコレートとウエハースの2つの味を同時に楽しめる。そう赤と白のパッケージで現在でも有名な「キット・カット」だ。日本に上陸したキット・カットの宣伝で、バッキンガム宮殿の衛兵のクローズアップが使われたのは、英国生まれのチョコレート菓子という意味だったのだ。このキット・カットの方は箱詰めチョコレートとはターゲットする顧客が異なる。表面に刻まれた溝で簡単に割れることができるように工夫されたキット・カットは、工場労働者が休憩時間に立ったまま、手軽にチョコレートを割って食べられるようにという配慮なのだ。

最後に、現在のチョコレート業界はどうなっているのかと言えば。ベルギーのゴディバはキャンベル・スープ社に買収され、ロウントリー社のキット・カットのブランド・ライセンス権はネスレ社が持っている。ただし、米国でのキット・カットのブランド・ライセンス権は、ハーシー社が持っているという複雑な状況だ。私たちは、このような巨大資本の多国籍企業の作るチョコレートか自営業的にショコラティエが職人技で作るチョコレートのいずれかを口にしているということになる。「どう?スーパーに言ったら、ヴァン・ホーテンのココアとキット・カットをカゴに放り込みたくなったでしょう。」という話。