「銃・病原菌・鉄」 ジャレド・ダイヤモンド著

地球上には、近代化した先進国が栄えている一方で、貧しい後進国が存在する。近代ヨーロッパ文明が、アジアやアフリカを植民地化し、その影響が今日に至っても大きな地域間格差を産んでいることは歴史の授業で学ぶ。本書では、なぜこれほどまで人類の歴史の中で、地域間の格差が開いてしまったのだろうかと問う。学校で、習う歴史では、近代ヨーロッパが、鉄製の農具や武器を早くから手にしたことで、これを持たない者を駆逐したと教えるだろう。本書は、このような回答に止まらず、そもそもなぜ鉄製の農具や武器をいち早く手にした地域と、これを持ち得なかった地域があったのかという、より根源的な疑問に初めて答えた書籍である。

人類は狩猟採集生活からスタートした。これが自ら農作物を生産し、家畜を飼うことで定住化していくグループとそうしなかったグループに分かれる。農作物を生産するということが、いかに文明の進歩に大きな影響を及ぼすかと言えば、集団が村、町そして国になる過程で決定的なことなのだ。農産物を生産するということは、生きるための食料=カロリーの余剰を持つということだ。狩猟採集生活においては、常に余剰のカロリーを備蓄することが不可能だ。余剰カロリーを持つことで、狩猟採集を生業とする以外の人員を養えるようになる。つまり、集団を統率するリーダー層(支配者階級)や専門職(軍人、医師、発明家など)の登場が可能になる。そして、余剰カロリーは人口の増加も伴い、これに対応してより生産力を向上させるための野生の動物の家畜化と農耕への使役も始まる。国家の誕生である。

人類が農作物を生産するようになったきっかけはなんだろう。ある人類の祖先に農産物を生産する知恵に長けた先進性のある人物を得たという偶然性なのか。それとも人類としてスタートした時期の早遅の差であるのだろうか。植物はその種類の多く、その大陸にも多くの食料となる植物が生えていた考えるべきだろうか。実は、植物の多くは人類にとって容易に食料となる種類は限られていたのだ。人類が生きていくのに必要なカロリーを得られる植物は意外と少ない。これらの貴重な植物が自生していた地域でないと、狩猟採集から農耕への移行は起こらなかったのだ。それらの植物は、麦、米、ジャガイモなどである。当然ながら必要なカロリーを得られる植物が得られなければ、狩猟採集生活を捨て農耕定住化へのインセンティブは働かなかったのだ。

野生の植物をより人類の食料として有効な品種への改良はどのように行われたのだろうか。もちろん、はるか過去に人類に生物学的な知識があったわけではない。狩猟採集で野山に分け入った人類の祖先が、野イチゴが群生している場所を見つけたとしよう。その人類の祖先は、もちろん野イチゴの中でも実が大きく、甘そうなものを選び採集して集落へと持ち帰る。多大な労力で採集した野イチゴだから、もちろんそうする。そして集落でその野イチゴの種がこぼれ落ち、そこへ自生する。更に人類は狩猟採集生活を続ける中で、自然の選択として同じ行為を続けるなかで、集落の近辺に実が大きく甘いイチゴが選別されて自生しはじめる。これに気が付いた人類が、農作物として生産し始めることで、野生のイチゴより格段に食料として魅力的な農産物としてのイチゴが誕生する。人類は自然と新種改良を続けてきたわけなのだ。

人類は野生動物の中で農耕に使役でき、家畜として飼育できる動物を飼い始める。農作物だけでは不足する、タンパク質の接種と、より効率的に農作物生産し、余剰カロリーを産み出す。家畜と生活圏をともにすることで、病原菌に感染する確率が高くなる。コレラやペストの流行である。ヨーロッパでの病原菌の流行は多くの死者も出したが、これらに対する免疫もついたのだ。ヨーロッパ人は、南米のインカやマヤ文明を滅ぼした。これは先進的な武器としての鉄砲の威力による部分も大きいが、実はヨーロッパ人が持ち込んだ病原菌に免疫を持たないインカやマヤ文明が、これに罹患して多く命を落としたからだ。

本書のタイトルは、ある文明が他の文明を滅ぼした直接の原因となった、「銃・病原菌・鉄」を表しているのだ。