「幸福の計算式」 ニック・ポータヴィー著

幸福の計算式 結婚初年度の「幸福」の値段は2500万円! ?

幸福の計算式 結婚初年度の「幸福」の値段は2500万円! ?

  • 作者: ニック・ポータヴィー,阿部直子
  • 出版社/メーカー: CCCメディアハウス
  • 発売日: 2012/02/01
  • メディア: 単行本
  • 購入: 1人 クリック: 48回
  • この商品を含むブログを見る
本書はカバーデザインやタイトルから、幸せになるための習慣レクチャーや洒落た恋愛映画の原作かと想像し、自己啓発コーナーや恋愛小説コーナーを探しても見つからない。最新の心理学と行動経済学を一般にもわかりやすく解説したものとして、経済書コーナーにあるのだ。本書の試みは、一見ひどく不遜で興味本位な内容に思える。なぜなら、本書の理論によれば、結婚による幸福の値段は2500万円、愛すべき配偶者との死別を慰めることが出来る金額は3800万円、子供なら1500万円と値札を付けてしまうのだ。金銭で埋め合わせることなど出来ない喜びや悲しみを金銭に換算するなんて、世間から眉をひそめられる行為に違いない。

ジェレミーベンサム功利主義では、「最大多数個人の最大幸福」をもたらすものを正義であると論じた。「最大多数個人の最大幸福」とは、「個人の幸福の総計が社会全体の幸福であり、社会全体の幸福を最大化すべきであるという意味で幸福計算と呼ばれる手続きを提案した。これは、ある行為がもたらす快楽の量を計算することによって、その行為の善悪の程度を決定するのだ。例えば、個人の犠牲よりも、その犠牲によって産出される他の人々の幸福の総計の方が大きいならば、道徳的ということになる。この道徳的原理の否定は先に話題となったハーバード白熱教室 マイケル・サンデル教授の正義についての講演でも疑問を呈されている。ベンサムは幸福が計量化出来るという立場に立っていることになる。幸福というものは、人により感じ方が異なる主観的なものであるから、比較計量化できないと最近までは思われていた。例えば、「あなたの今の幸福度は1あまり幸福ではない、2まぁまぁ幸福である、3すごく幸福から選んで下さい」という質問に対して、ある人の幸福度1から2への変化と別の人の幸福度2から3への変化は、順序をつけることで比較できる変数であり、その差異に意味は持たないとした「順序変数」であるとされてきた。ところが、統計学・数学の専門家は、ある人にとっての幸福度1から2の変化は、別の人の幸福度2から3への変化と等しいと考えた。これは、人がたいてい他人の満足度を予想したり認識したり出来るという心理学の実験による。

人はお金持ちになることでより幸福になるのだろうか?現在の経済学では、むしろこう言っている。「人はお金持ちになることで幸福になるのではなく、人は他者よりお金持ちになることで幸福になるのだ」とね。つまり、幸福は絶対的なものではなく相対的なものだ。これは、ある国が10年前より豊かになり、全国民が10年前よりお金持ちになっても、その幸福度は変わらないからだ。人は、グループの中で最も裕福であれば、次順位の人との収入差が例え500円であっても気にならないのだ。グループ内での順位が幸福度に大きな影響を与えるとすれば、誰からの順位が上下することで、他者の順位も入れ替わることになり、常に上位順位者が幸福となり下位順位者が不幸になるゼロッサムゲームになる。

人は理性的な生物ではない。ミルトン・フリードマンは、人の消費行動が将来の予測収入を反映して長期の平均的収入に左右されるとした恒常所得仮説を論じた。これは、現在の収入が多額でなくても将来得られるであろう収入を見越して現在の消費活動を決める特性で、それにより短期間の景気動向で消費活動に大きな変化はないとしたものだ。一方、ジェームズ・ジューゼンベリーは、自身の抽象的な生活水準より隣人と張り合おうという気持ちの消費活動が左右されるとした相対所得仮説を論じた。この場合、人の消費行動を正確に言い表したのは、ジューゼンベリーの方だった。会社のみんなが、ヴィトンのバッグを持っていたら無理して、こっちはエルメスのバッグを買いこんじゃう人がいますよね!
ダニエル・カーネマンのピーク・エンドの法則も面白い、あらゆる経験の快苦の記憶は、ほぼ完全にピーク時と終了時の快苦の度合いで決まるという法則だ。無理して一括払いで数十万のエルメスのバッグを買うより、リボルビング払いで数十回分割にすれば、心を痛めることなく高額商品を購入してしまいやすくなる。このへんのカードローンの仕組みも心理学と経済学の応用なのですね。

というように、人は合理的ではないし、幸福を追い求めるというゼロッサムゲームも止められない。そうするとどうしたら人は幸福になれるのか。著者はタイ出身のシンガポール南洋理工大学シンガポール最大かつ工科系大学として世界最大級)の経済学部の先生だからか、仏教に答えがあるかもと落としている。仏教の開祖ゴータマ・シッダールタ(=釈迦)は、シャーキャ族王・シュッドーダナの男子として現在のネパールのルンビニで誕生。王子として裕福な生活を送っていたが、29歳で出家した。35歳で正覚(覚り)を開き、仏陀(覚者)となった。釈迦は、幸福を追求すること自体が苦しみを産むと、幸福は永遠に続くものではないゼロッサムゲームだからだ。釈迦は中道に生きよ、つまり覚れと教えているが、これが幸福への正解だとね。なんだか、本書は盛りだくさんだ。最新の心理学に経済学、そして最後は釈迦の覚りにたどり着く。釈迦の覚りのところは、ちょっとボクにはわかりません。それより、経済学の最新理論が人の幸福を計数化するところが面白かった1冊ということ。