「完全なる証明」 マーシャ・ガッセン著

完全なる証明

完全なる証明

本書の主人公のユダヤ系ロシア人であるグリゴリー・ヤコヴレヴィチ・ペレルマンは、アメリカのクレイ数学研究所によって2000年に発表された100万ドルの懸賞金がかけられている7つの数学上の未解決問題(ミレニアム問題)のひとつ「ポアンカレ予想」を解明した人物だ。ペレルマンは、懸賞金100万ドルの受取を拒否し、現在は故郷で母親と共にわずかな貯金と母親の年金で趣味のキノコ狩りをしながら細々と生活しているらしい。「らしい」と書いたのは、ペレルマンが人付き合いを嫌い、ほとんど人前に姿を見せないので直接本人に取材することは難しいということからだ。著者も、ペレルマン本人に取材して本書を書いたわけではなく、ペレルマンの人生に大きな影響を与えたであろう周辺人物への取材を通して、何故ペレルマンポアンカレ予想を解明できたのか、そしてペレルマンはなぜ100万ドルの懸賞金を受け取ろうとせず、人前に出てくることもなく細々と暮らしているのか探求している。

ボク自身、学生時代には数学が大いに苦手であったから、数学上の未解決問題のひとつ「ポアンカレ予想」と聞いて、本書を手に取るのに多少退き気味な気持ちがあったことは否めない。ためしに、その概要だけでも頭に入れてみようかとググってみたのだが、「単連結な3次元閉多様体は3次元球面S3に同相である。という予想のこと。」という解説は、まるで意味不明で漠然とイメージすることすらおぼつかない有様だ。しかし、本書はペレルマンポアンカレ予想の証明方法を解説するという内容ではないから、数式など出てこないので安心して良い。


ペレルマンは学生時代、ユダヤ系ロシア人として差別を受けながらも、その才能を高く評価した当時のロシア数学界の重鎮から庇護されて、当時の最年少記録である16歳で国際数学オリンピックの出場権を獲得し、全問満点の金メダルを獲得してしまう。更にペレルマンポアンカレ予想の解明により100万ドルの懸賞金を受け取る権利の他に、数学界のノーベル賞と言われている「フィールズ賞」も受賞する。意外なことにノーベル賞に数学賞がない。そこで、カナダ人数学者ジョン・チャールズ・フィールズにより創設された賞だ。数学に関する賞では最高の権威があり、しかも「4年に一度」「40歳以下」「4名まで」といった制限がついているので、受賞することは大変な名誉である。ペレルマンはこのフィールズ賞も辞退してしまうのだ。フィールズ賞を辞退した者は、その史上ペレルマンただ一人である。ペレルマンはとにかく才能はあるが大変な変わり者であるのは確かだ。著者は、ペレルマンと同じロシアの特別な数学専門学校を出た身で、同類の気持ちを推し量るという興味から本書を書いたようなのだ。つまり、数学者による数学者の伝記というわけだ。

次に挙げるのは、本書に出てくる数学者同士の茶飲み話だ。「数学者の○○教授が、59歳の誕生会を開くそうだ。一体、59歳という半端な誕生会とは何の意味が?64歳なら2の6乗で意味をなすのだが。あっ!そうか59は素数じゃないか。なるほど59歳は素数ってことだね。○○教授も粋なことをなさる。」だと。数学者とは、まったく理解し難い生き物である。でも、本書を読み続けていると、そんな会話が何か洒落てる気がしてくるのだから不思議だ。本書を読んだら、身の回りの素数を探してみたらいかがだろうか、例えば「このケーキ4つに切るの?それとも5つに切る?」「そうだな〜ウチの家族は4人だが、ここは素数の5ということでどうだろうか?」。もし、こんなお洒落な会話をするにしても、家族には無視されるのがオチである。