「渋滞学」 西成活裕著

渋滞学 (新潮選書)

渋滞学 (新潮選書)

まもなく年末年始休暇の時期であり、故郷へ帰省する人も多かろう。従って本書の選択は時節を得たものと言えるだろう。著者は東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻の助教授であり、航空宇宙工学と渋滞がどのように関係するのか、「渋滞」が目からウロコ式に解明されことをおおいに期待して手に取った1冊である。

渋滞が発生する理由のベスト3は、①サグ部②事故③合流部の順である。②と③については、予想していた通りと言っても良いが、①のサグ部というのは聞きなれない用語である。しかも、このサグ部によるものが渋滞理由全体の35%にも及んでいるのだ。このサグ部というのは、高速道路を走っていると「この先上り坂。速度低下注意!」という看板が出ているのを見かけた人は多いはずだが、この看板の「上り坂」のことだ。クルマのドライバーにとって、傾斜している感覚をほとんど持たない上り坂により、自然と速度が落ちてしまうことが、渋滞の原因となるのだ。それをこの看板で注意を呼び掛けているというわけだ。

なぜ、緩やかない上り坂により、自然と速度が落ちてしまうことが、渋滞の原因にあるのだろうか?本書の中心的テーマは、自らの意思を持って自由に動く粒子という意味の「自己駆動粒子」が作り出すサグ部渋滞なのだ。ドライバーが上がり坂と気づかずに坂道に侵入し、だんだん速度が低下し、後続車が車間距離を取るためにブレーキを踏む、そして、その更に後続車もブレーキを踏むという連鎖反応が起こる。初めのドライバーがほんの少しブレーキを踏んだとしても、その後ろのドライバーはもう少し強くブレーキを踏むことになり、ブレーキを踏む強さはどんどん大きくなって後続車に伝わっていくのだ。そして、数十台後ろのクルマはストップしてしまうのだ。車間距離が十分に大きければ、わずかなブレーキは後続車に影響を与えないので、サグ部にある程度車間距離が短いクルマ集団が侵入してきた場合にのみ、この連鎖反応が起こる。

渋滞を考える上で、参考となる単純な次のような実験モデルが紹介されている。たくさんの箱を直線に並べ、その箱には一つだけ玉が入るということにし、適当な箱に玉を入れておく。そして玉を一斉に右隣に移すことにする。ルールはこれだけで、この作業を繰り返すことで、玉が右側へ向かってゾロゾロ移動していくことになる。ただし、右隣の箱に玉がある場合は、箱に入れられる玉は一つであるというルールから、動けない玉も出てくるのだ。この適当な箱に玉を入れておく数が少なければ、空の箱が多いので右隣の箱に玉があって一時的に身動きが取れない玉があっても、やがてそれは解消され、すべての玉が右側に向かって移動していくことになる。ところが、玉の数が箱の数の半数を超えると、お互いに身動きができないようになる。これを「排除体積効果」と言う。この排除体積効果をクルマの渋滞に置き換えるとすると、高速道路に侵入してくるクルマの数がある容量を超えること、そしてある区間(体積)に一定のクルマしか入れない(排除)という関係になるのだ。

本書では渋滞に関する考察は、序論にすぎない。渋滞が自己駆動粒子の排除体積効果により起こるのであれば、これを航空機の緊急脱出シィミレーションやインターネットのパケット通信方法、そして震災時の地下道からの避難方法にまで発展させている。なるほど、著者は航空宇宙工学を専攻する助教授であり、渋滞学とタイトルをつけて身近な関心事で読者を引き付けているが、これらの方が本職なのだ。渋滞学の方は、本職の研究から派生した趣味的部分なのだろう。帰省ラッシュ時の渋滞について、一言付け加えておくと、高速道路の車線が混雑してきたと思ったら、一番左の走行車線に移るのが最も速く進めるそうだ。車線が混雑してきたら、少しでも先に進みたいという心理から右側の追い越し車線へと移動を始める。結果として追い越し車線の密度が高くなるのだ。だから、混んだら左車線へ、が良い。トラックのドライバーなどは、その経験則から混んだら左車線に移動する人が多いようだ。今度渋滞にあったら、ボクも試してみようと思っている。なにせ、航空宇宙工学を専攻する助教授からのアドバイスなのだから。