「盗まれたフェルメール」 朽木ゆり子著

盗まれたフェルメール (新潮選書)

盗まれたフェルメール (新潮選書)

レンブラントと並び17世紀のオランダ美術を代表する画家フェルメールの絵は、世界でも30点ぐらいしか存在しない。その希少性から美術品裏ルートでの密売、保険金狙い、アートテロの対象として頻繁に盗難にあっている。フェルメールに比べ、多作のピカソは、生涯におよそ13,500点の油絵と素描、100,000点の版画、34,000点の挿絵、300点の彫刻と陶器を制作しているのだから、その希少性が際立っているのがわかるであろう。

1990年米国ボストンのイザベラ・スチュワート・ガードナー美術館にボストン市警を名乗る2人組が現れて美術館警備員を拘束し、フェルメールの『合奏』を始め、レンブラントの『ガリラヤの海の嵐』、ドガ、マネの作品など計13点を強奪の上、逃走した。本書は、この通称ガードナー美術館事件での被害総額は当時の価値で2億ドルとも3億ドルともいわれる史上最大の美術品盗難事件の解説から始まる。

希少な美術品に、通常保険金がかけられているだろうことは、想像し難くないであろう。美術品を狙う強盗の目的のひとつはこの保険金である。盗難にあった美術品は公然と売買することができない性質のものであるから、本来その絵の価値が10億円だとしても裏ルートでの価格はその10分の1程度の1億円が相場になる。保険会社は絵の盗難に10億円支払うより、強盗と交渉して2億円でその返還を求めれば、お互いメリットになる。強盗の方も裏ルートでの密売から足がつくより、確実に支払を保証する保険会社との取引を好むのだ。

盗難にあった絵の一部は、こういった保険金交渉の末、持ち主の手元に返還されることもあったわけだが、返還された絵に損傷があることも多く、専門の美術品修復家の手で復元作業が行われた。その際の修復作業の過程で、新たな芸術的発見が成されるという副次的効用もあったのだ。フェルメールに関しては、描画における遠近法の謎を解くための一つの発見があった。絵の一部に消失点となる点を決め、そこに小さな鋲のようなものを打つ。次に、その鋲にひもを結びつけてひっぱる。このとき、このひもにチョークを塗り、大工道具の墨壺のような原理で直線を引く。この線と実際の絵を比較すると、窓やテーブルの角のラインが一致している。フェルメールの17の作品において鋲を打っていたと思われる場所に小さな穴があいていることからもこの手法がとられていた可能性は高いというのだ。

美術品盗難をあっかった映画には、スティーブ・マックイーン主演『華麗なる賭け』を007のジェームズ・ボンド役を演じたピァース・ブロズナンでリメイクした、『トーマス・クラウン・アフェアー』が最近では有名であろう。そのストーリーは億万長者で会社経営者のトーマス・クラウンが、美術品を専門にする泥棒で、メトロポリタン美術館からモネの絵画を盗み出すというものある。金目的でなく、知的でおしゃれな泥棒、資産家の優雅な趣味的な窃盗で描かれている。しかし、本書では、美術品泥棒は、そのような知的でおしゃれなものではないと。やはり、一番の目的は金であり、場合によっては政治的な主張を通すための人質と同様な扱いを受けているのが現実だという。プロの美術品泥棒は、あまりに有名な絵は狙わない。これは、有名過ぎる絵はそれが盗難品であることが一目瞭然で密売することが困難であるからだ。また、肖像画も人の記憶に残りやすい特徴的ものなので、目立たない風景画の方が狙い目であるそうだ。本書の他に、盗難美術品を追うFBI捜査官の実話「FBI美術捜査官―奪われた名画を追え」も併せて読むと良いだろう。