「誰も知らない不思議な病気」 ナンシー・ブッチャー著

だれも知らない不思議な病気―世界59の症例が示す医療の謎

だれも知らない不思議な病気―世界59の症例が示す医療の謎

ある程度の年齢に達すると日常の会話に健康問題が入り込みことが多いように思われる。先日の健康診断で悪い数値が出てしまったとか、最近朝起きても疲労が取れないとかね。本書はタイトルのように、誰もが罹る病気についての家庭の医学的、または健康促進のためのノウハウ本ではない。人類始まって以来、人間が体験してきた奇なる病について、医学領域を広く紹介する内容なのだ。つまり、ほとんどの人は本書を読んで、「これ、もしかして私の症状に似ているかも」と思うことはないであろう。

著者の本業は、YA小説家である。「YA小説とは?」と調べてみると、日本ではライトノベルと呼ばれ表紙や挿絵にアニメ調のイラストを多用している若年層向けの小説で新井素子氷室冴子などの人気作家が有名である。SF、ファンタジー、ミステリー、ホラーなどを題材に、テレビゲームや映画、アニメや漫画などの作品を原作にもなっているあれである。著者の父は、医師でありその影響から自分も医療の道を希望していたが、身体にメス入れることに抵抗を感じて、医師への道をあきらめる。しかし、医療そのものへの興味を失ったわけでなく、医療の世界のもっと奇妙な部分に向かって行ったのだという。

本書から目を引く奇病を次にいくつか上げてみよう。
「歌舞伎メーキャップ症候群」は、骨格の以上、低身長、精神遅滞の症状があるが、特に目・鼻・口の容貌がゆがみにより、患者の顔に歌舞伎役者の隈取のような症状が現れるのが特徴なのだ。この病気は日本人医師が最初に発見している。
メープルシロップ症候群」は、極めてめずらしい遺伝性の代謝障害である。患者の尿と汗が甘い匂いを発することから名付けられた。病名ほどかわいらしい病気でなく、早急かつ適切に治療しないと命にかかわるので、注意が必要だ。
「睡眠関係摂食障害」は、夢遊病と関連する摂食障害である。患者が朝目を覚ますと、台所が汚れ、クッキーのカスがたくさん散らばっていたことがよくあると。診断の結果、患者は真夜中に起きだして食事を取っていることが判明。時には、凝った調理もして食事をしているようなのだが、患者にはその記憶が全くないのだ。似ているのだが夜間摂食障害とは異なる。夜間摂食障害では、夜中にスナック菓子を食べたいという強い衝動により目を覚ますのだから、食べたことへの意識はきちんとあるのだ。

病院における治療の驚くべき失敗例も興味深い。外科医が右足と左足を間違えて切断してしまったり、開腹手術をし、縫合した際に腹中に手術道具を置き忘れてする例もまれにあるという。美容と医療も強い関連性があり、19世紀半ばまで、美白効果があると毒薬のヒ素を顔に塗ることも流行していたのだ。ヒ素が身体に蓄積して死亡してしまう例もあったのだ。