「スティーブ・ジョブスⅠ」  ウォルター・アイザックソン著

スティーブ・ジョブズ I

スティーブ・ジョブズ I

本書は、Amazon売筋ランキング9位。一時的に店頭でも品切れしていたベストセラーなのだが、最近は供給も追いつき店頭に積み上がっているのを見かける。通常、ベストセラー本にはほとんど手を出さないのであるが、雑誌の特集やネットの関連記事だけでは、アップル創業からこれまでや、ジョブスその人のパーソナリティについて断片的な知識しか得られないので本書で総括してしまおうと考えたわけである。

プライベートについて書かれることを嫌ったジョブス自身が、著者に本書の執筆には一切口を挟まない、予め内容を見せる必要もない、それどころか「僕は読みもしない」と約束したのだ。(実際、読むことは出来なかったのだが。)著者はジョブスを快く思わない関係者にも綿密なインタビューを行い、ジョブから何の制約も受けることなく本書を完成させたのだ。つまり、第三者の冷静な視点でアップルとジョブスを描けていると考えられるところが、通常の伝記と異なる本書の魅力だろう。成功者の自慢話や経営理念など読んでも、面白くも役に立つものでもないからだ。

アップル創業時のジョブスはとにかく身なりも態度も最悪だ。禅に魅せられたり、インドを放浪したりした影響か、長髪で風呂にも入らずヒドイ匂いで、靴を履かず裸足で歩き回っていた。商談に行った企業の社長の前で、汚れた裸足の足を机の上に乗っけるし、「あんたのとこと、取引してやってもいいよ」みたいな態度なのだ。もちろん、相手の怒りをかい、追い出されるのだが。

ジョブスは会社にいても鼻つまみ者だ。周りの従業員をバカ扱いにして、ひどい言葉をはきまくる。誰もジョブスと仕事をしたがらない。仕方がないので、他の従業員と関わらなくてもいいように、夜勤シフトに回されたりしている。すごいのは、こんな社員を雇う社長もいることだ。こんなジョブスであるから、アップルが大組織になってきても、人間関係のトラブルがつきまとう。意外なのだが、自己本位で協調性が全くといって無い「超」のつく強気のジョブスであるが、怒りや困惑で感情が高まってくると、泣き出してしまう。本書には、ジョブスが言いたい放題、やりたい放題の挙句、アップルの役員会から事実上追放されてしまうに至るまでに、複数回に渡り「泣き出した」という場面が出てくるのだ。

ジョブスが、アップル製品の技術面について多くを理解していたわけではない。もう一人のアップル共同設立者でコンピューターの天才スティーブ・ウォズニアックがアップルⅠを制作し、ジョブスが販売面などを担当したのだ。技術面はウォズニアックに頼っていたがデザインや質に対するジョブスの完璧主義は徹底していた。ジョブスの養父は、エンジニアで幼い頃のジョブスに「見えない部分にも気を配れ」と教えた。ジョブスほどの個性の人間でも父親の影響は非常に大きい。養父と書いたが、ジョブスの実父はシリアの有力者の家系に生まれ、アメリカ留学中に知り合ったドイツ系移民の娘との間に子を成した。それがジョブスである。両家の宗教上の問題などで結婚出来ず、ジョブスは養子縁組に出されたのだ。そのため、ジョブスは後に「捨てられてつらかった」と語っている。

本書は2分冊となっており、第1巻はアップル創業から追放、そして新会社NeXTを設立し、ルーカスフィルムのコンピューター部門「ピクサー」の買収までを描いている。ピクサーと言えば「トイ・ストーリー」が成功作だが、ジョブスは別にアニメに興味があったわけではないらしい。ここまで読み進めると、ジョブスとアップルはどうなっていくのか、続きが是非読みたいと思わせる。「事実は小説より奇なり」と言われるように、本書は物語として十分に楽しめる。もちろん、第2巻も買ってしまった。