「バチカン・エクソシスト」 トレイシー・ウィルキンソン著

バチカン・エクソシスト (文春文庫)

バチカン・エクソシスト (文春文庫)

本書はタイトルから想像するようなホラー小説ではない。映画「エクソシスト」では、悪魔の取り憑かれた少女と神父の戦いを描いているが、この神父がエクソシストである。つまり、カトリック教会に所属する悪魔祓い師のことだ。著者であるトレイシー・ウイルキンソンはロサンゼルスタイムズの支局長だ。ローマ支局長であった頃の、ローマ教皇庁取材で得た知識をもとにバチカンは、なぜ前時代的エクソシストを公認するのかをジャーナリスト視点で執筆したのが本書である。

聖書の記述によると、そもそもイエス・キリストが最初の悪魔祓いであった。また、前法王ヨハネ・パウロ2世は悪魔祓いを行ったし、現法王ベネディクト16世は知的・博学な人で「悪とは信仰とモラルを阻む実体あるもの」という考えだが、エクソシストの存在を公認する立場だ。キリスト教の世俗化と信仰の衰退を食い止めるためには、前時代的なエクソシストを利用するのもやむを得ぬといったところだろうか。キリスト教原主義者は、この世界に対して神が直接干渉するものであり、だから神の奇跡は起こると信じている。当然のことながら悪魔が現実に悪事を犯しているとも信じているのだ。一方で、リベラル派は、悪魔の存在を信じていないわけではないが、個人の選択と責任を重視しており、はっきりとした実体があるものだとはしていない。カトリック教会の中に現代キリスト教ネオコンとリベラルとも言えるグループの対立があるのだ。

映画エクソシストに端役で登場する二人の神父はれっきとしたローマ・カトリック教会の司祭である。なんと、あの映画はローマ・カトリック教会の正式な協力を受けて製作されており、技術的助言も受けているのだ。現在カトリック教会には、350人のエクソシストが存在しているという。更に、教皇庁立レジーナ・アポスストローム大学にはエクソシスト養成講座もあるのだ。残念ながら、記録によると日本で悪魔祓いを実践するエクソシストは存在しないようだが。昨今、悪魔に取り憑かれたという事例は増加傾向にあり、エクソシストの供給はみたされていない。もっと大勢のエクソシストが必要な状況で、現代はそれほど悪意やストレスに満ちているか、神父の布教や人々の信仰に弱さのせいなのかわからないとエクソシストたち認識している。

悪魔に憑かれた状態の基準は、「知らない言語を話す」「知りえない事実を口にする」「超人的な力を出す」「神父や信仰に対する嫌悪」「ガラスや金属などを吐き出す」という現象の有無だ。この点について心理学者、精神分析医は、悪魔憑きではなく、典型的な精神障害統合失調症躁鬱病、ヒステリー症)に見られる症状に合致するという意見だ。そして、エクソシストたちの悪魔祓いの儀式は、被術者を催眠状態に陥らせ、トランス状態となって憑依を信じ込み、病気の原因を内的なものから外的なものと思い込んでしまう仕組みではないかと分析している。

カトリック教会としては、キリスト教の世俗化と信仰の衰退を食い止めるためにキリスト教原理主義者のエクソシストの存在を公認しているが、一方の近代的キリスト教の発展を苦慮するリベラル派とのバランスも考えて、悪魔祓いの儀式を限定的又は推奨はしていない。また、教会外の心理学者、精神分析医の科学的な原因究明にあいながら、一部一般信者の需要にも答えていかなければならない立場であるということか。