「新忘れた日本人」 佐野眞一著

新忘れられた日本人

新忘れられた日本人

日本史におけるメジャーな偉人「坂本龍馬」だとか「織田信長」だとかは、その伝記を書いた著者が実際に坂本や織田本人に会ったことはないだろうし、本人を良く知っていたという第三者にインタビューして裏付けを取ったということも、まぁ無いだろう。つまり、全然本人と面識がなく、本人が亡くなって相当経過し、その時代にあわせて歪曲された内容の書物から拾った情報とか、その地方に口伝で伝わる物語を土地の長老とかから聞き取って、書き留めたなんてことの蓄積でカタチになったわけだ。世の中、誰かが言っていたとか、みんながそう言っているからというのは、ケッコウあてにならないものである。で、あるにも関わらず、子供に偉人の伝記を読ませて、偉人はこんなとき「頑張ったのだよ!」「君も負けずに頑張れ!」というのは何か胡散臭い。完全に作られた漫画の主人公を崇拝するのと同じじゃないかと。だから、注意しないと伝記を読んで歴史を学ぶことが、真実を知るためでなく、ロマンを感じるためという目的に摩り替わってしまう危険性があると思うのだ。

さて、そんな話は置いておき、本書では歴史上というにはまだまだ最近の個性的日本人が紹介されている。この最近というところがポイントだ。それは著者が直接インタビューしたり、少なくともその人物の近くで実際にその人物を見て、話をしたことがある者に取材しているからだ。その人物像は、かなりリアルである。リアルであるからこそ、歴史にロマンを感じたい人に取っては、目を背けておきたい事実もあるのだけれど。

デパ地下の食品街に行くと目につく和菓子屋がある。何か手土産にでも、と迷い伝統的な和菓子を頭に描いたとき、この店で買ったこともある。しかし、ボクもこの和菓子屋のことは、大いに誤解していた。この和菓子屋「叶匠寿庵」という。「叶匠寿庵」という店名から、室町時代あたりから続く(室町時代に一般的な和菓子屋なんて無かったかもしれないが、イメージですイメージ)京都の老舗ぐらいに思っていたが、驚くことにこの店、創立は戦後の昭和33年と比較的新しい。これはすごく、イメージを覆させられた。更に、創立者は和菓子職人とかではなく、元警察官なのだ。「叶匠寿庵」はわずか20年で「和菓子のソニー」と呼ばれるほどの急成長をしたのだ。創業者の柴田清次氏は、戦争で左目を負傷し、義眼となった。戦場から帰還後、警察官を経て「日本一の和菓子屋」を目指す。昭和40年醍には、松下幸之助夫人や裏千家がひいきする。知る人ぞ知る名店になっていたという話。

戦後日本で最も有名な兄弟と言えば、石原兄弟。そう、兄が現東京知事の石原慎太郎氏で弟は石原裕次郎だ。本書の主役は、この兄弟ではない。その父石原潔だ。石原兄弟と言えば、湘南育ちで学生時代からヨットなんかに乗っていた、ブルジョア階級の子だと思っている人が多いだろうが、実際は違う。父潔は、愛媛県で生まれ、旧制中学を中退して、山下汽船の「天童」(お店なら「丁稚」にあたる)として、下働きから小樽の支店長にまでなった人物だ。潔は、ある日宴会をやり、芸者をあげてドンチャン騒ぎをしていたら、その支払いが出来ないぐらいの額になってしまい会社の金庫から金を持ってこさせて、お釣りがあったらそれも全部の見直して使ってしまうような豪快な人物だ。これが会社にばれて、解雇されるところ、小樽支店へ左遷と温情的な処分で済んだというエピソードもある。石原兄弟は決して、いいとこの坊ちゃんじゃなったわけだ。この話なんか、当事者が生きている現東京知事である。

小学生に織田信長とか豊臣秀吉なんかの伝記を読ませても仕方がない。こういうボクたちの生きている時代に直接つながっている昔を生きた個性的な日本人を描いた本書を読ませるべきでしょう。と思うが、少しその副作用というか毒性も強いかなという一冊。