「バタス 刑務所の掟」 藤野眞功著

バタス――刑務所の掟

バタス――刑務所の掟

ルポライターの著者は、知人からある男を紹介される。著者は、知人とその男の3人で焼肉を食いながら、その男「大沢努」の半生を聞き仰天する。これは、本に書けると著者は早速、大沢へのインタビューを開始するのだ。大沢は、フィリピン最大の刑務所モンテンルパに19年間服役し、モンテンルパ刑務所内の最大ギャング組織「スプートニク」の頂点まで上りつめた男だったのだ。モンテンルパ刑務所には2万人の囚人がおり、その内部は「プリズン・ギャング」と呼ばれる刑務所で麻薬やギャンブル、暗殺までも手掛ける、囚人の秘密組織が存在する。そのプリズン・ギャングのトップが「コマンダー」である。本書は「コマンダー・オオサワ」の天下取りの物語だ。

モンテンルパ刑務所内は、刑期を終えれば娑婆に出られる軽微犯を収容する「リビング・アウト」と死刑囚や無期懲役の重罪犯を収容する「マキシマム」に分かれている。このマキシマムの管理状態が映画並みの無法地帯なのだ。米国ドラマ「プリズン・ブレイク」を知っているだろうか?主人公が罠にはめられた兄を重罪犯罪者用の警戒厳重な刑務所から脱出させるストーリーがドラマの骨格になっているのだが、続編で出てくる外国の刑務所がこのマキシマムに非常に似ている。コンクリートの壁に囲まれ、警備塔に銃を持った刑務官が立つその内側には複数の監房舎があるのだが、それぞれの監房のドアは施錠されていない。つまり、囚人はマキシマムのコンクリートの壁の中なら自由に行き来することが可能なのだ。夕方5時間から朝方6時までは、マキシマムのゲートを厳重に閉ざし、一切の出入りは不可能。それは中で事件が起こってもゲートの開く朝までは刑務官さえ立ち入らないのだ。マキシマム内は、囚人の都市と化し、通路には市場が立ち、金さえ積めば何でも手に入るのだ。テレビ、麻薬、食料、売春婦それにナイフに銃ですら。武装した重罪犯罪者たちが暴動を起こさずある程度の均衡を保っていられるのも、刑務官により黙認された自治的組織プリズン・ギャングがマキシマムを仕切っているからだ。

大沢は、フィリピンで観光業を営む日本人でありながら当時のマルコス政権に深く関わっていく。ところが、マルコスが失脚したことにより、政権に深く関わり過ぎたことで、逆に微罪で済むはずの事件から、死刑そして無期懲役の判決を受けマキシマムに収監されることになる。大沢はマキシマムで生き延びていくために、プリズン内での絶対必需品「マネー」を産み出すことに知恵を絞る。刑務所に入っても食って生きていくためには、働かなければならないのだ。病気になっても金がなければ病棟に移送してくれないし、水さえ手に入らないという過酷な刑務所である。囚人たちの稼ぎのひとつであるハンドクラフトの質を上げ、刑務所外での流通ルートを確保することで売上を上げたり、刑務所内で手に入る材料で酒を製造して、刑務所内市場で売りさばき、覚せい剤の流通ルートのシステム化や畑地を耕作して収穫した農産物を売ったりと刑務所内であってもその経済活動は娑婆となんら変わることがないのだ。その金儲けの手腕を見込まれ、大沢はプリズン・ギャングの出世街道を上っていくのだ。それはまるで、戦国時代に豊臣秀吉が天下人へと駆け上がっていく様にも似ている。

大沢がコマンダーとなるプリズン・ギャング「スプートニク」は身体にその身内でわかるように宇宙船状の刺青を入れる。この刺青を入れた構成員が5000人にも及び、そのトップであるコマンダーに日本人として初めてなった大沢は、まるで外資系企業のトップに日本人で初めてなったようなものだ。クライムノベルが好きな人には、おすすめしたい本書であるが、あくまで実話である。